高知地方裁判所 昭和26年(タ)21号 判決
原告 松山良子
被告 松山博忠 外一名
一、主 文
原告と被告博忠とを離婚する。
原告と被告博忠間の長男重彰(昭和二十四年六月二十四日生)の親権者を被告博忠と定める。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用中被告博忠に関係なく原告と被告重利との間にのみ生じた分は原告の負担としその余は原告と被告博忠各自の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一項同旨並に被告両名は連帯して原告に対し金十万円及びこれに対する昭和二十七年一月十日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十三年三月十五日被告博忠と結婚式を挙げて同棲し翌二十四年七月七日婚姻の届出をした。そして右届出前の同年六月二十四日に被告博忠との間に長男重彰が出生した。ところで被告博忠は原告と同棲して以来次第に健康を害して腰痛を訴えるようになり同棲一年頃から正常な夫婦関係を結ぶことさえできなくなり同時に精神的働きも若干低下するようになつて現在に至つている。被告重利は被告博忠の実父であつて田地一町五反程を耕作し、且つ六、七十万円の現金を有し、居部落屈指の裕福な家庭を営んでいるのにかかわらず、被告博忠に対する治療費を惜しんで治療させず、却つて被告博忠の病気は原告の所為によるものであるといつて原告を批難侮辱し、且つ被告博忠が病気で働けないのでその分も原告が余計に働かねばならぬと叱責する有様であつた。原告は被告博忠との間に子供もできたのであるから昭和二十五年夏頃迄は辛抱して農業に精魂を打込んで働いたが被告重利は被告博忠と共々に原告が飯を食べすぎるなどあらゆることに悪口雑言して原告を虐待し原告をして如何に隠忍してももはや堪えきれないようにさせたので遂に同年八月三日永野重義等の仲介で被告重利立会の上被告博忠と事実上離婚することとし、その届出は遅滞なくこれを行うことに話合がつき実家に帰つて今日に至つている。ところが被告両名はその後急に態度を翻し原告をして一生被告博忠の面倒を見させねばならぬといつて離婚の届出に応じない。これを要するに、(一) 被告博忠は心身とも原告と夫婦関係を継続しえない状況にあつて回復の見込がない。(二) 被告重利は同居の親族として相互に扶け合う義務を怠り被告博忠の病気治療をさせず、以て原告をして被告博忠の配偶者たることを断念するの余儀なきに至らしめた。(三) 被告両名共謀の上原告を虐待した。(四) 被告両名は協議離婚の約旨に反し徒らに原告の再婚を妨げんがためにのみ離婚の届出に応じない。以上は婚姻を継続し難い重大な事由に当るというべきであるから原告は被告博忠との離婚を求めると共に、被告両名の右不法行為により原告の蒙つた精神上の損害を慰謝するためには金十万円を相当とするから、右金員並にこれに対する本訴状送達の翌日である昭和二十七年一月十日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ、原告の主張に反する被告等の答弁事実を否認すると述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告と被告博忠が昭和二十三年三月十五日結婚式を挙げて同棲し、翌二十四年七月七日婚姻届をしたこと、右届出前である同年六月二十四日に長男重彰の出生したことはいずれもこれを認める。被告博忠は昭和二十四年七月末日頃居宅附近の岸から落ちて背骨を傷つけ現在尚背骨が異常であつて長期の療養を必要とするけれども夫婦関係も普通の状態であり精神的働きも欠けるところがない。その他の原告の主張事実すべていつわりである。かえつて原告は自分では多くの財産を有して何等不自由なく派手に暮しながら子供の養育もせず配偶者を扶養する義務を回避する目的で原告所有の莫大な価格の不動産を処分した上で離婚の訴を起し不当な慰謝料を請求するものである。しかもこれは原告の実母糸志や義父池田寛吉が金銭的打算から悪質な代理人を傭つて被告方を侮辱し或は奸策をめぐらして無理に原告と被告博忠を離婚せしめた上更に他に再婚せしめんとする野心から出たもので、原告は始めは被告博忠と仲がよかつたのに次第に右実母や義父池田の意見に動かされ冷淡な態度をとるようになつたものであると述べた。<立証省略>
三、理 由
真正に成立した公文書と推定する甲第一号証(戸籍謄本)と原告の供述によると、原告と被告博忠は昭和二十三年三月に結婚式を挙げて同棲し翌二十四年七月七日に婚姻届出をしたこと並にその届出前である同年六月二十四日に長男重彰が出生したことが認められる。真正に成立した公文書と推定する甲第二号証(土地名寄帳謄本)に証人小谷武清、永野重義、近藤稔実、川久保新七の各供述と証人小松糸志、池田寛吉、松山雅子並に原告本人被告両名各本人の各供述の一部を綜合すると次の事実が認められる。原告は被告博忠と結婚式を挙げてから被告家に入つたが被告家には被告博忠の父である被告重利と母雅子並に博忠の弟があつて全部で五人が同居することとなつた。被告重利は田一町以上畑三反位と山林を少し所有する篤農家であつて農閑期には製炭などにも従事し居部落でも中流以上の生活を営んでいる。そして農家特有の家長的存在で仕事の采配を振り経済的支配者でもあつて、仕事に熱心で一本気である反面多少口喧しく大声を立てる方で又金銭的にもつつましい様である。被告博忠は重利の長男であつて原告と同棲する以前に左の腰を強打したのが始めは左程痛みを覚えず農事にも差支えなかつたのに原告と同棲後次第に痛みを覚えるようになり、昭和二十四年七月頃から医師の診療を受けたが効果がなく被告博忠も余り熱心に治療を受けようとしなかつたので次第に悪化して現在では歩行も十分でなく労働に耐えられない不具の身となつている。原告は既に一度他に嫁したことがあるが被告家に入つてからは経験のなかつた農事によく励み被告博忠とは夫婦仲も悪くなかつた。ところが被告博忠が不具者となつて労働ができなくなつたので専ら農事に従事する者は被告重利と原告及び被告博忠の弟の三人で母雅子も手伝うが主として家事や孫重彰の子守をしている。そして前記の田一町以上畑三反位を右の三人で全然他人を傭わず耕作するとなるとかなり多忙で労働も生易しいものでない上に、被告博忠が不具者となつたため只さえ口喧しい被告重利が一層不機嫌となつて、仕事に際して時に原告にも大声で当るので原告としては特に自分に辛く当つて仕事を強いると感じるようになつた。これに対し被告博忠は被告重利にやや調子を合わすような点もあつて特に原告をかばう様子もないので原告は益々不満を感じるようになつた。一方原告は平素はそうでないが急に昂奮して女らしい慎しみに欠け、はしたない言動をする傾向があつて、発作的に実家(原告の実母小松糸志の内縁の夫池田寛吉方)に逃げ帰ることも度々であつたが、そのような際原告の実母らは常に原告をかばうてむしろ離婚を望む風があつた。そこで遂に昭和二十五年八月上旬原告は長男重彰を被告方に置いて実家に帰つたまま近隣の者を仲に立て被告等に対して協議離婚の交渉をして来た。被告重利は右離婚について異議がないけれども夫たる被告博忠としてはこれに応ずる意思はない。それかといつて仲介する者が両親と別居して被告博忠と原告とで暮してはどうかといつても被告博忠にはその決意もない。ただ不具者である自分と子供重彰を原告において扶養すべきだと頑として主張するのみである。こうなると被告家と原告の実家でも互に反目するようになつて原告の実家の方では被告家の特に被告重利の非難をし原告が未だ法律上被告博忠の妻であるのに既に原告の再婚の話をするようになるし、被告家の方では原告が離婚したいというのは原告の実母糸志や池田の賤しい打算的な差し金によるものだなどといつて互に醜い悪口をつき合う事態に立到つている。それで原告としては被告家に戻つて被告博忠と婚姻生活を続ける意思は毛頭なく現在実家から高知市に通つて洋裁店に勤めている。以上の事実が認められ、前記証人小松糸志、池田寛吉、松山雅子並に原告本人、被告博忠、重利各本人の各供述中右認定にていしよくする部分はすべて措信せず他にこれを覆すに足る証拠はない。原告は、(一) 被告博忠が精神的働きが劣り肉体的にも正常な夫婦関係を結ぶことができないとか、(二) 被告博忠が不具となつたのは被告重利が治療費を惜しんで治療させなかつたからであるとか、(三) 被告両名が共謀で原告に悪口雑言を浴せて侮辱虐待したとか、(四) 或は既に協議離婚の同意ができているのに原告の再婚を妨げる目的だけで、単にその離婚の届出のみに応じないとか主張し、これが婚姻を継続し難い重大な事由に当るといい他面被告等は、原告が多くの財産を有して何不自由なく暮していてただ夫である被告博忠と子供の扶養義務を回避する目的だけで離婚を求めるものであるとか、原告は離婚の意思はなかつたのに原告の実母糸志やその夫池田が金銭的打算で原告を他に再婚させたい野心からことさらに被告等を侮辱し原告がこれに動かされたものであると主張するが、右双方いずれの主張事実も前記措信しない各供述部分を除いては前記認定事実以外にこれを認めることはできない。然しながら前記認定し得た事実に基いて更に考察するに家長的存在であつて農事に熱心なそしていくらか口喧しい被告重利によつて支配せられる被告家において被告博忠が不具者となつたところに根本的な不幸があつた。それは被告博忠が多少治療に熱心でなかつたとしてもむしろ不可抗力的運命であるという外はあるまい。原告としてはさなきだに農事に経験がなく日々の労働が負担であるのに、被告博忠が不具となつた為益々不機嫌な被告重利の支配に服せざるを得ない上に被告博忠が原告をいたわりかばう様子がないのでその結婚生活に希望を失いかけたことは成程と肯くことができる。然し経済的全支配力を持つ被告重利に対し、労働能力も経済力もない被告博忠が原告をかばうて夫婦だけで別居することをなし得ないのも亦無理からぬところもある。しかも原告が昂奮し易い性格であつて発作的に実家に逃げ帰ることと、これを亦原告の実家がかばつて敢て原告をさとそうともしないところに一層事態を悪化せしめるものがあつたというべきである。かくして現在原告は全然婚姻を継続する意思と希望を失つているのに被告博忠は子供のみか自分までも扶養せよと頑強に主張しこれをめぐつて原告の実家と被告家で互に相手方の悪口をつき合つている事態に立到つているのである。若し原告において真に被告博忠に強い愛情を抱き、一度嫁して子までなした上は困難に耐えて子を育み夫に協力する意力があり、被告博忠も亦聰明に一家の融和と原告の指導に全力を尽したなら、又周囲の者が真に原告と被告博忠とその子供の幸福のみを念願してこれを守り育ててやる真の親心があつたなら、たとい被告博忠が不具となつても猶結婚生活の破綻はなく現在の事態に立到らなかつたであろう。然しそのようなことを期待することは人夫々の資質性格があつて通常仲々容易ではなく本件においては到底望まれないところである。結局現在もはや全く夫並にその一家に希望を失い絶対に婚姻継続の意思のない原告を、しかも原告の実家と被告家が仇敵の如く非難悪口し合つている状態の下に、単に法律上の夫婦の名において被告博忠に結びつけておくことは、(被告博忠が真に原告に自己を世話してもらいたい意思があるのか、それとも意地と腹いせのためそのように主張するのか、その真意の如何にかかわらず)両性の合意のみに基いて成立し相互の協力により維持されるべき婚姻の理念に全く反し、原告は勿論被告博忠にとつてもむしろ不幸を重ねるものというべきであつて、これは民法第七百七十条第一項第五号に規定する婚姻を継続し難い重大な事由に当る場合と解する外はない。この点において結局離婚を求める原告の請求は許すべきである。
そして前記認定した事情の許においては原告と被告博忠との間の長男重彰の親権者を被告博忠と定めるのが妥当であると認める。
次に慰謝料の請求につき前述認定事実に基いて判断すれば、本件離婚原因は根本的には被告博忠が不具者となつた点にあり、これは不可抗力によるというべきであつて、被告両名に多少妥当でない行為があつてもこれを非難するとすれば原告にも亦性格的にはしたない点があり、子供を置いて勝手に実家に帰つたという行為も非難すべきであろう。世には夫が再起不能の床にあつても十年一日の如く仕える妻もあり、或は子供がある以上未亡人となつてさえ尚婚家に止まつて生涯を子の愛育に捧げる母さえある。人倫の標準を高く掲げるならば原告もその実家の者も被告両名も皆非難すべきであるかも知れない。然し人は各々生れつきの性質を持ち境遇に支配される。故に離婚原因の責を何人に帰するかにつき当事者の天賦の資質と境遇を考慮し社会の通念に従つて妥当な判断を下さなければならない。本件の如きは被告博忠が不具者となつた不可抗力の事実に、非難するとすれば原告も被告両名も共に非難すべき行為が、非難すべきでないとすれば何人をも非難できない行為が重なり合つた場合と考えることができる。結局本件の如きは離婚原因を被告らいずれの不法行為に帰することもできない、いわばかかる運命にあつたというべき場合である。従つて原告の慰謝料の請求を容れることはできない。(裁判上の離婚原因があるときは必ずその一方に慰謝料支払の責を負わすべきであるとは限らない。例えば配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込のない場合を考えるべきである。)
以上説明のとおり原告の被告博忠に対する離婚の請求のみ正当として認容しその余の請求を失当として棄却する。訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森本正 安芸修 細木歳男)